松山城跡

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愛媛県松山市

国指定史跡

松山市丸之内・堀之内
松山城は、標高132m、周囲約4qの独立丘陵勝山を中心に築かれた平山城です。慶長7年(1602)、正木城(伊予郡松前町)城主加藤嘉明が20万石の居城として築城に着手し、嘉明が会津若松へ転封となった後の寛永4年(1627)頃、第2代城主蒲生忠知によって完成されたと伝えられています。第3代城主松平定行の入府以後、明治まで伊予15万石松平家の居城となりました。築城にあたっては、南北2つの山頂を切りならし、現在の天守を中心とする本丸を、つぎに西南山麓に高石垣を配した二之丸を、さらに、西の平地に掘と土塁で囲まれた三之丸(堀之内)を築きました。また、北の山麓には北郭が、東の山麓には東郭が配され、さらに本丸と二之丸とを石垣によって一体化させて、山の斜面に適の侵入を防ぐ登り石垣が築かれました。この登り石垣は、全国でも数例しかなく、今も松山城の南側(県庁裏)に残されています。松山城は、本丸、二之丸、三之丸などの縄張が明瞭な形で残されており、近世城郭の歴史を伝える貴重な文化遺産として、国の史跡に指定されています。また、本丸の天守をはじめとする21棟の建造物は、国の重要文化財に指定されています。

松山城跡

松山城跡

東御門櫓石垣跡  元小普請所跡  御用米蔵跡  古町口登城道  東雲遺跡  東雲神社  東雲口登城道 
松山城の石垣  筒井門  陰門  太鼓門  井戸  馬具櫓  東側石垣  本丸  本壇  紫竹門  艮門と同東続櫓 
加藤嘉明像       

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