今治藩主の墓

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愛媛県西条市

県指定史跡

今治藩主初代久松定房、3代定陳、4代定基の墓所である。。久松氏は徳川氏の一門であり、また松山藩久松氏の分家でもある。藤堂高虎が伊勢に移った後へ、寛永12年(1635年)久松定房は伊勢長島6千石から4万石(後3万5千石)で今治に転封となった。それから10代明治に至るまで代々今治藩主として藩政を行ってきた。この山は通称古国分山といわれ、国道196号線沿いにあり、入口には今治藩主の墓と刻んだ石柱がある。山上には中央に初代定房、左に3代定陳、右に4代定基と巨大な3基の宝陜印塔形の墓石が瓦葺き塀に囲まれている。石畳み参道両側に60基ばかりの燈籠が並んで藩公の墓所にふさわしい所である。久松家300年は平和に満ち政治に心を注ぎ産業の発展に努力した。江島為信河上安固らを抜擢して堅実な藩政の基を作った初期数代の藩主の治績はよく知られていることである。ここからは眼下に唐子浜を望め大変景色のよい所である。

今治藩主の墓

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